eiga worldcup2018 自由部門第二次審査員による全体講評

共催:東京工芸大学 最終結果発表&表彰式:2018年11月23日(祝・金)東京工芸大学 中野キャンパス

自由部門の入選、佳作は、11月23日(祝・金)の表彰式において合格作品の中から発表/表彰されます。

NPO法人映画甲子園主催「高校生のためのeiga worldcup2018」応募全作品

「高校生のためのeiga worldcup2018」審査員、アドバイザー





 
自由部門第二次審査員からのコメント
稲垣尚夫 (美術監督/日本映画大学客員教授)
全体的にレベルが高く驚きました。
高校生の映画もここまで来たか・・・ 言ってみればカメラの操作も楽なものが手に入るし、だれでも映せてしまうということなのでしょうが・・・ それにしても題材、ストーリーがしっかりしている作品も目立ちます。

芝居もうまいですね。

しかしながら、後ろ盾にどんな組織やグループが付いているのか不明瞭です。「すぐれた作品だ」と評価して、その作品のバックに多数のOBや熟達した高校生以外の人物、組織が絡んでいたとしたらがっかりです。
彼らが「〇〇製作委員会」だの「〇〇研究所」などとタイトルに挙げることも、根拠のない団体名は載せないことをルールづける必要もあるのではないでしょうか。また、手を借りた団体、組織があれば明確に説明できる文書を添えて応募するようにしないと、私たちには見抜くことができないかもしれません。
また、美術に関しては、「どこを作った」「飾り込んだ」「これを作った」などのアピールをさせてください。
「何もない学校の和室に飾り込みました」と主張している作品はそれなりに見て評価します。
これはありのまま撮影したのか、飾り込んで撮影したのか・・・ 特に校舎内や教室場面では全てを見つけてあげられません。

巧みに仕込んだと思い込んでも、偶然そうだった可能性もあるからです。私個人としては「美術の仕事が見破られない」仕事を目指していて、アカデミー美術賞などは「見抜かれた証」で嬉しくないのですが・・・ 高校生には頑張った人を讃えてあげたいです。
今回美術賞に関しては、小物を作って頑張ったチームは外しています。
楽しいアイテムも多々登場しました。
しかし、ファンタジックな画面を作ろうと頑張った「ピンクカクテル」、重要な場面の空間を飾り込んストーリー展開に貢献した「帆は千の風任せ」を選びました。
ほかのグループも美術的に頑張ったところがあって、私が見落としているのかもしれません。しかし、そうであれば毎年言っているように、それを担当した君が真の最優秀賞なのかもしれない・・・のです。

プロの映画美術は、自らアピールしなくても周囲から情報が漏れたり、製作サイドが「巨大セット・・・ 巨大オープンセット・・・」などと宣伝してしまうため、そういうところに賞は向いていきます。高校生には平等なアピールの機会を与えたいと思います。
しかし驚いた・・・ ディズニーランドやディズニーシーでロケしちゃうとか・・・ 高校生ならではの、映画大学に行っちゃったら撮れないようないい作品がありすぎて・・・ 日本映画大学としては困ってしまいます。
正直言って映画大学ではこんな素晴らしい作品は撮らせてもらえなくなってしまう気がします。
上田慎一郎 (映画監督)
自分も高校生の頃、ハンディカムを振り回して自主映画を撮っていました。
高校の文化祭では三年間、クラスメイトと一緒に映画を撮りました。三年の時は山に二週間こもり、現代の高校生が戦争時代にタイムスリップして…という2時間の戦争アクション大作を撮りました。今回21本の入選作をみて、その頃の自分を思い出しました。映画づくりを楽しむこと。撮りたいものを撮ること。自分の中の「最高!」という感覚を信じて撮ること。大人になるにつれて、そういったことはどんどん難しくなっていきます。高校生の皆さんの映画を見て「これが映画づくりだ!」と、改めて喝を入れられた気持ちです。とても実りある時間でした。

今回、21本の映画を観させて頂き、乱暴に大きく分けると二パターンの映画があると感じました。一つ目は友情、いじめ、恋愛、進路など『等身大の高校生たちの心の機微を描いた人間ドラマ』。二つ目は、カンフー、スパイ、ファンタジー、アクションなど『ジャンル映画的なエンタメ作品』。一つ目の人間ドラマ作品に関しては真面目すぎる作品が多いなという印象でした。「いじめを見て見ぬフリをしてはいけない」「誰でも悩みながら生きている」「しっかり自分と向き合おう」などなど、そりゃあそうだろうというメッセージをまっすぐぶつけてくる作品が多かった。まずはそのメッセージにもう一歩踏み込む必要があると思いました。「いじめを見て見ぬフリをしてはいけない」のはなぜか?、それは正しいメッセージか?、伝えたいメッセージをいろんな角度から眺め、考え、時には疑ってもみる、というところまでした作品は少ないように感じました。演出的にも、逆説的に「さぁいじめを見て見ぬフリをしよう」と描いた方が、「いじめを見て見ぬフリをしてはいけない」と伝わる場合もあります。

二つ目の『ジャンル映画的なエンタメ作品』に関しては「やりたいこと」はわかるのですが、前提となる世界観、設定の詰めが甘い作品が多くありました。エンタメの場合、”雰囲気”では突破できません。世界観、設定、人間関係、葛藤、その土台をしっかり作らねばなりません。土台がない上で、ドンパチしたり、カンフーしたりしても茶番になってしまうのです。
一つ目と二つ目を両立している作品、つまり、しっかりとした人間ドラマがあって生身の人間を感じられ、かつ、エンタメにもなっていてという両方を兼ね揃えた作品はほとんど無かったように感じます。一番それに近しいと感じたのが「Love Letter」でした。この作品には人間を描こうという意思も、観客を楽しませようとする意思も感じられました。終わったあと、思わず拍手してしまったのはこの作品だけでした。よって、これを最優秀監督賞に選ばせていただきました。また、その二つのパターンのどちらにも当てはめ難い「プールの青の話をしよう」もとても印象に残りました。人間を描くわけでもなく、エンタメをやろうとしているわけでもなく、映像表現としてのカッコ良さに溢れたセンスフルな作品でした。このスタイルに、人間が、またエンタメが加われば…という期待を込め、優秀監督賞を贈らせて頂きました。その他の作品では「夢色透明」の力強さ、「TSK、夏」の真摯さ、「ときめきデスモスチルス」や「プロジェクトO【吹替版】」のものづくりの楽しさが印象に残りました。

高校生の皆さんの作った21本の想いのこもった映画たち。沢山の刺激をもらいました。沢山の気づきをもらいました。そして「負けてらんねぇぞ」と思いました。

高校生の皆さん、映画を作ってくれて、ありがとう。想いのこもった映画をみると映画が作りたくなるんですよね。ああ!早くカメラを回したい!!
掛須秀一 (編集・ポストプロデューサー)
全体的にアフレコ作品が増えたのは良い傾向にあると思う.その上でグランドノイズとかアクションノイズなど効果音を加える技術を知って欲しいところ。
世界観が狭い作品が多く感じられた。
佐藤佐吉 (脚本家/映画監督/俳優)
さっくり言うと、似たよな話が多かったような気がします。大きくは孤独というか、コミュニケーションの不全がテーマにあって、それを救ってくれるような同じ趣味、もしくは互いの個性を尊重し合えるような友人と出会い、少しだけ明るい未来が見えてくるといったパターンでしょうか。

エンターテイメントを目指す作品においてもコメディとおふざけの境界線が曖昧で、雑な感じがしました。ただ『プロジェクト0』に関しては構成もアクションも丁寧に計算され、観客を飽きさせない工夫がされていて今回の中では群を抜いていました。優秀作品賞に関しては『バイバイ、グッピー』と『プールの青の話をしよう』で迷いました。『バイバイ、グッピー』も孤独をテーマにした話ではありましたが、男女それぞれのキャラクターの造形にセンスを感じました。『プールの青の話をしょう』も音楽も含め様々な趣向を凝らしとてもかっこいい映画だとおもいましたが、若干の差で『バイバイ、グッピー』に軍配をあげさせてもらいました。
篠本賢一 (俳優・演出家)
今年もバラエティに富んだ作品が集まり、選定に苦労した。これは映画界にとっては喜ばしいことである。

今年の傾向としては、「いじめ」を題材にした作品が多かったことが挙げられると思う。これは高校生の生活において、切実な問題として横たわっていると推察される。とても心配な傾向だ。しかしながら、それを題材に映画を撮るときに安易に、いじめる人=悪、いじめられる人=善の図式で捉えないで欲しい。事件の裏側にいったいどれだけの出来事があるのか、世間一般には目に見えない部分を掘り下げ伝えることも映画、ドラマの役割だと思う。字幕を使う作品も例年に比べ多かったように思うが、字幕の使い方は難しい。絶対にやってはいけないこととして、伝わりにくいセリフのカバーということがある。あるいは、状況説明。そういったことを映像で、演技で表現することに映画が映画として成り立つのである。映画表現ということにこだわりを持って欲しいと思う。

演技においては、前年度には対話が成立していない作品が多くて心配したが、本年度の作品は全体的にそこが解消されていたように思う。演技賞選出において気を付けたことは、いくつかあるが、一つには作品にあった演技ができていたかである。シリアス、コメディ、いろいろあるが、饒舌に語らなけらばならない役もあれば、寡黙な演技が必要な場合もある。どちらにも難しさがあるわけだが、作品の内容にあった十分な表現ができていたかどうかが問題であると思う。また、演技において対話のキャッチボールをする相手役は重要だ。一人だけがいいということにはなかなかならない。いい作品は、一人だけのスタンドプレーだけでできるものではない。今回の演技賞選定においてそこで悩んだ。相手役が素晴らしいゆえの受賞もある。だが、一方、作品全体の不備を個人のパフォーマンスが支え、作品として成立させてしまう場合もある。今回も若干そういう演技にも賞を与えた。それはそれで大変だからだ。だが、理想的な作品作りではないいことも指摘しておきたい。
菱川勢一 (映像作家/写真家/演出家/武蔵野美術大学教授)
年々、PCや撮影機材などのハードウェア、編集などのソフトウェアの進歩によってその恩恵を受けながら画質は驚くほど向上している。

しかし、そういったテクニカルな面も必要に応じて使用することによってより効果的な演出となって昇華するものである。今年の高校生たちの作品群はとても見応えがあって、楽しめた。撮影技法も、それぞれがよく研究していて、驚くようなテクニックを時折見せている。

一方で、全体的に指摘せざるを得ない点として、音声収録やミックス(MA)の部分。撮影技法の向上とともにその足並みを揃えて向上すべき大きな課題となっている。監督の中には「音が6画が4くらいの割合で音は重要」と評するほど音の演出は重要である。撮影された画はその画だけで美しいとか、素晴らしいと感じるものではなく、音と一体となることで想像以上の印象を与えることを可能にする。撮影部門の講評としてその「片腕」としての音にも細心の創作を目指して欲しい。感動は細部に宿ると信じている。
教育奨励賞審査員からの全体講評
高山隆一 (東京工芸大学芸術学部映像学科教授)
皆、手間暇をかけ努力の跡は作品全体から伺い知ることができる。その上で高校生として、映画作品としての基本的な幾つかの注意点を与えたい。無論その理解の上での逸脱の自由さを阻むものではない。

1、まず、映像で語るということを基本とすること。台詞や音声的説明に頼らないこと。
2、シナリオの段階で「省略」を心がけること。すべてを描くのではなく観る人に想像させる意識を持つこと。
3、シナリオは書きながら、読みながら常に映像を頭の中で描いていること。
4、カット割り、絵コンテは演技の中から見つけ出すこと。まずは各シーンの演技をしっかり作ること。
5、基本はカメラを三脚に設置すること。手持ちの場合はその効果を考慮して使用すること。
6、カメラと被写体との距離感。アングル、サイズ、構図を意識すること。(ロングやアップの効果的な使用。)
7、カットの繋ぎの運動性をきちんと整えること(カット間の運動の連動を意識すること。)

以上のことを基本として撮影、編集を意識することにより作品の向上を目指していただきたい。



自由部門第一次審査員からの全体講評ト
内田裕基 (脚本家、小説家)
昨今のアニメや漫画作品からの影響なのか、「特異な設定(タイムリープとか)」のある作品が近年多い印象があります。
しかし殆どの作品がその要素を使いたいだけで作中で上手く扱えずに幕を閉じている印象でした。
主人公がお話を動かす動機や展開にその設定はきちんと活かせているのか?を改めて考えてみて下さい。
もし好きな作品から影響を受けたのなら「どうして自分がこの作品を楽しいと思ったのか?」とことんその作品を研究をすると自分の作品に使える武器になるかもしれません。

また、「友人関係・人間関係」を主軸にしたお話も多かったです。学校生活を送る中でとても身近な問題なのでしょうか。
(一人孤独に学校生活を送ろうとする主人公に、ちょっと元気で変わった子が近付いて来る話も多かった)
個人的には「友人」の話は身近だから扱いやすいけれど、身近すぎて突出した作品の良さを作っていくのは難しい気がしています。
普段生きていて赤の他人にいきなり「私の友達の話」をされて、素直に話に入り込めるでしょうか?
映画の中での登場人物も主人公であろうが赤の他人であることには変わりありません。
だからこそ映画の中に登場する登場人物の生き様を丹念に描いて生き血を通わせて、観ている側に感情移入をさせる物語にして欲しいです。
同様に話を動かす都合で登場人物に不自然な説明台詞を喋らせるのではなくて、その人物が一〇数年間生きてきたからこそ出てくる生き血の通った台詞を喋らせて欲しいなと思いました。

ただどの作品も途中で席を立たずに鑑賞することが出来ました、それは素晴らしいことだと思います。
もし映画作りがとても楽しかったら今後も作っていって欲しいです。
今回は審査を通して色々な作品を観たことで、初心に返り勉強させて頂く場面が多かったです。
なので応募された皆様も是非、全部とは言いませんが投稿されたものを沢山観て研究してみて下さい。
改めまして映画制作お疲れ様でした、そして楽しい作品をありがとうございました。
森岡道夫 (映画プロデューサー)
昨年度の表彰式・授賞式の後の懇親会の席上で、複数の人たちから同じ質問を受けました。
「佳作・入選の作品は、どのように決められているのですか?」というのです。彼らは将来、映画の道に進むことを希望している人たちだったようで、熱心に語りかけてきたのです。気持はよく分かりました。自分たちが、精魂を傾けて造った映画がどのように扱われているのか…、これは皆さんにとって重大関心事ですね。私は即座に自論を述べることになりました。振り返ってみると、昨年の本欄に同じ内容が掲載されていることに気が付きましたが、改めて繰り返しておきましょう。
私の場合は、先ず「企画、脚本、演出、技術(範囲は広いが)、演技」の諸要素でまず力量をチェックし、感性のヒラメキを感じさせるものや、個々の作品の特質・利点を評価した上で総合判断で決めることにしています。これは取りも直さず、第二次審査委員の方々が、さらに専門の分野から審査される前の段階の仕事であると認識している次第です。
前置きが長くなりましたが、今年もまたレベルが高く、見応えのある作品に出会えたことを嬉しく思っています。市場で一般上映されている映画とは異なり、磨けば輝くであろう原石≠発見出来た喜びを感じています。皆さんの将来に、そして日本映画の未来にも期待が持てそうです。
山下暉人 (映画プロデューサー)
講評:今年初めて「映画甲子園」自由部門の第1次審査委員を勤めさせて頂きました。連日、目をショボつかせながら全応募作品を耐久レースのように視聴し、独断と偏見を交えながら採点も終わりましたので、講評、感想を申し上げます。

@まず驚いたのが応募作品の多さ。1校から約10作品応募というケースもありますが、全国各地からの応募は嬉しいです。

A高校生ですから高校を舞台にした作品が多いですが、内容は「いじめ」「交友、恋愛関係」「自殺」「孤独、裏切り」など暗いテーマが多いようです。学園ラブコメのような明るい作品に出合うとホッとします。また、時代を反映して、スマホは必須の小道具アイテムです。

Bどの作品もキャスト・スタッフに男女両方の名前が載っています。若干女性陣が多いのは時代の流れでしょうか。

C「へえ〜っ」と思ったのが、現在から過去、未来へのタイムスリップ作品が多い事。これも鬱屈したB現代への対する不満の表れでしょうか。
山田英久 (NPO法人映画甲子園常務理事)
テーマとして、社会性のある映画が、1本のみで、高校生の社会参加、そして選挙権が与えられるにも関わらず、真面目に社会の事を考えていないのでないか?また、もちろん自殺の話がベースとしての、話が最大の社会問題化も知れない。高校生映画のスケールがだんだん大きくなり、変貌している予感。政治的にも、2020年に向けて、多くの事が、社会が変貌するとき、おびえたり、ノスタルジーに浸ったり、そんなことよりも、地道な社会問題を扱って欲しい。
西村昌巳 (NPO法人映画甲子園理事)
今年は審査期間が短かったこともあって、例年だと、最低3回づつは観れるのだが、1回しか見られない作品があったことは事実。大変申し訳ない。作品を早く提出してもらえれば、審査員が観る時間が取れるので、結果として何回も観ることになり、それだけ印象にも残りやすいという事だ。
今年の作品の印象として、どんでん返しの内容が多かったこと。そして、そのどんでん返しの結果、非情な経済原理や悪意がこの世界を支配しているというオチの作品が多々見られたということ。例えば、旭川工業高校旭工放送局の「GAME」や川越東高校映画部の「snow dome」は非情な経済原理が人間の自由意思すら支配しているのではないのか?という世界観の典型だ。また、国府台女子学園映画部の「雨覆う一期」や名古屋大学教育学部附属高校非公式映画部の「青春オセロ」など最後には悪意が勝利する話と言えなくもない。
いずれにしても、平穏な日常生活が何者かによって脅かされているという感覚が昨年までは外部からの侵略者だったのが、今年は身近な人物の悪意に微妙に変化しているのではないかと思った。
勿論、相変わらず、イジメや自殺をテーマにした映画も多く、それらは高校生達の生きづらさを表現しているのだろうが、それに加えて、盗撮やストーキング(「いつも君を」(都立工芸高校全日制映画研究部)、「不道徳カタルシス」(千葉県立柏高校放送部)など)、同性愛(「想い」共立女子高校映画部)など)などをテーマにした作品も徐々にであるが登場しているところに現代を感じざるを得ない。

いずれにしても、高校生映画は、私達の時代をいい意味でも悪い意味でも写す存在だと私は常々感じている。だから、観ることが止められないのである。
自由部門第一次審査員(演技担当)からのコメント
広田豹 (俳優、演出家、アクティングコーチ)
作品から俳優の演技だけを切り出して評価を下すことは難しい。脚本があり、演出があっての演技なわけで、俳優賞を受賞した人も、受賞しなかった人も、それを自分ひとりの手柄や責任とは思わないでほしい。
逆にいえば、俳優に良い演技をさせるのは、脚本、演出、スタッフが努力して用意した環境だ、ということも言える。カメラも照明も音声も美術も小道具も衣装もヘアメイクも…みんな演技してほしいし俳優をノセてあげてほしい。

それから、今回、男女主演助演賞候補をそれぞれ5人ずつ選ばせてもらったが、選ぶ作業は実に苦しかった。
選ばなかった人たちの中にもすばらしい魅力のある人が何人もいた。それは、はっきり述べておきたかった。
※本ページに対する御依頼、審査員に対する御質問はお問い合わせフォームからお願いします。
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