eiga worldcup2017 審査員総評

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掛須秀一 (編集・ポストプロデューサー)
技術力の高さを感じる高校は、常連校ばかり。 先輩や指導の先生の影響が出ているのだろう。お話しの新鮮さは見当たらないが、映画を楽しんで作っているのは伝わってくる。
桑原まこ (作曲家、ピアニスト)
今年は音楽が入っていない作品が多かったのが意外でした。
入っていなくても成立する作品もあったのですが、演技力が乏しい箇所や台詞がいまひとつな箇所には音楽の力というものが助けになります。音楽が入る隙間が多くある作品がたくさんみられました。恐れずに、まずは物足りないから入れてみようという塩こしょう感覚で入れてみてほしいです。勿論それだけでは成立しないので、合わなければ取る、曲を変えてみる、位置をずらしてみるという調整をその後にしてくださいね。
前回は音楽のみ細かくチェックして審査していましたが、今回は単純に「ワクワクするか」「感動するか」「飽きないでいられるか」という目線でも審査しました。
ワクワクや感動は大変曖昧なものなので、人それぞれですし、見ている側のコンディションにもよる場合も多いのですが、やはりその不安定で言葉にできない感覚こそが大事だと思うので、私も自分の感覚を信じて選んでみました。
「ヒーローズリベンジ」はシンプルな入れ方ですが、音楽が入るとワクワクしました。登場人物を応援もしたくなりましたし、飽きずに、ここから何かが起きる!と続きを見たくなりました。
「センチメートル」は優等生な音楽の入れ方をしていたので、色々な映画で研究したのかなと感じました。
音楽はあまり関係ありませんが、個人的に「我はいはセミや」は観ていて映画のファンになってしまいました。全体的には去年に引き続き、音楽のinとoutの処理が雑な作品が多いのは課題です。シーンに寄り添いすぎた曲を選びすぎている傾向にもありました。悲しいシーンに悲しいとわかりすぎる曲をあててしまうと、寒くなってしまい、逆効果を産む場合もあります。演技が上手かったり台詞が素敵であるほど、寄り添いすぎない音楽が必要になってきます。
映画のサウンドトラックを聞いていると、特に展開もメロディもないような曲も多々あるのはそういったことです。
お気に入りの映画を見て、是非音楽だけを取り出して聞いてみて下さい。クレジットに音楽の表記がないものもあり、出所がわからなかったものは優秀賞に選べなくて残念でした。しっかりと音楽にリスペクトと感謝をし、クレジットに載せて下さい。
佐藤佐吉 (脚本家)
言いたいことはたくさんありますが(笑)、こういう仕事でご飯を食べさせてもらっている立場からいうと、主張するテーマや言いたいことははそれぞれ理解できますが、逆に見ている側にどういうエモーショナルを起こさせたいのか、笑わせたいのか、泣かせたいのか、怖がらせたいのか、感動させたいのかというようなものが欠けている作品が多かったような気がします。観客を楽しませるというサービス精神がもっと必要なのではないかと思いました。
それから細かいことですが、シチュエーションで物語上必要な人物が偶然二人だけ放課後の教室に残っているというパターンがほとんどの作品に見受けられました。その辺りを細かく描けとは言いませんが、もっといろんな状況を自然なものとして表現するというか、大きな嘘をつくための小さなリアルの積み重ねの努力と工夫が足りないような気がしました。
それにほとんどの物語が発端だけ、問題定義だけをして終わってしまっているような気がしました。その主人公がこれからどうするのか?ということが知りたくなる作品がほとんどでした。
最優秀脚本賞とした『ロジック対戦』は一見荒っぽい作りながら物語やキャラクターが緻密に構成されていて、主人公のハリケーンの魅力に引っ張られている部分も多々あるのですが、どうだこの映画面白いだろ?という意気込みが伝わってくる作品でした。
優秀脚本賞に選んが『アワ族』も派手な作品ではないですが、なかなかありえない設定の中に彼らの高校生として抱えている問題を笑いとしてさり気なく表現する構成に唸りました。とても好きな作品です。
『僕の証明』『落とし物は、誰のもの』『我はいはセミや!!』もアイデアや構成に非凡なものを感じましたが、最終的には先の2作品を賞として選ばせていただきました。
福地桃子 (女優)
ひとつひとつのテーマが、大人でもこどもでもない、高校生の時にしか感じることの出来ないもので、今だから作れる貴重な作品だなと思いました。当たり前の生活も、離れてみて大切なことに気が付いたり。
どれも、リアルな高校生の部分が作品に絡まっていて、私は2年前の事ですが、既に懐かしさを感じました。
古厩智之 (映画監督)
自分の身の回り半径2メートルの中で撮りあげている作品が大半のように思えました。
そして同時に、映画が始まったところと、終わったところの主人公のいる位置がかわらないように思える作品も多かったようです。自足するのは良いことです。
しかし、何かを求めて掴もうとすること、あがいてジタバタしてみることもやってみてもよいのではないでしょうか。それこそが物語で、他人に思いを伝える力になるものなのです。どうか、自分の世界が揺らぐようなものを求めてください。
まずは、自分の欲しいものは何だろうと考えてみることもよいかもしれません。
その点、優秀賞の「僕の証明」はわりと安易な手段である殺戮を物語の中心にすえてはいますが、彼の「顔がない」「自分がない」という思春期特有」の泡立つような感情が描かれていて素晴らしかった、最優秀賞の「夢見る〜」は全体の出来が稚拙ながら、青春を何に燃焼するのか、という問いかけと情熱に満ちていて感動しました。映画の基準の最大なものは「感動するか否か」「エモーションが動くか」だと思います。その点、上位2本はよかったです。他にも、「待つ」は女の子の特性であり素晴らしさのひとつでもある「待つ」という心性に向き合った真心あるものでした。
「大宇宙軍艦〜」はよく全編バカバカしさを貫き通した。「潤井川に沈んでろ」はずっと一本調子のヒロインでも、一生懸命だからだんだん愛おしくなってきました。
どうか今後も、自分の欲しいもの、それはこの社会の中でどうすれば手に入れられるのか、そんなことに向き合っていってもらえれば、と思います。
高杉麻子 (映像作家)
長い尺のものよりも短い尺のもののほうが、ギュッと面白い要素をまとめていて見ごたえがある印象がありました。長くなってしまった人はパワーはもちろん感じますし、工夫もわかるのですがどうしてもその尺が必要だったのか?ということを改めて考えて欲しいなと思います。(考えても長くなるものはその時間が必要だったんだと思います)

全体的に技術的には向上しているのですが、音に関しての考え方は弱いなと思いました。画はいくらでも良いカメラを買って撮影すれば、ある程度のレベルまではもっていけます。でも、音は割りと工夫で誤魔化す部分もあるので聞き取りにくいなどは工夫が足りてないからだと思います。

効果音もアニメみたいな擬音が出るような音はみなさん上手に使えているのですが、環境音などの誰かがそこに生きている音に関してはおざなりになっているのかなと思います。音楽もフリー素材のよく聞くようなものが多く、クラシックでもアラベスクなどのドビュッシー率が恐ろしく高いです。映画と音って切っても切り離せないものだと思うので再度音に対しての興味を持って欲しいと思います。

編集に関して、これは最近の公開されている日本映画にも言えることなのですが黒みで場面展開をする人がとても多く驚きました。黒みには黒みで意味が出てきてしまうので、黒みを多用するのは違うと思います。インサート映像を入れている学校もたくさんありましたので、次回は黒みの意味も考えながら編集してみてほしいです。

とはいえ、去年も言ったのですが映画を観て参考にしながら作っているところとの差が激しく出ているのでもっと研究してほしいです。
森岡道夫 (映画プロデューサー)
私にとって今年は、4回目の参加となりました。毎回、同じ基準で審査に当たってはいるのですが、今回はまた、高得点の作品が揃いました。

これは取りも直さず、高校生の皆さんの映画のレベルが年々向上しているからであり、この成果を大変嬉しく思うと同時に、心強く感じております。

私の場合は、企画、脚本、演出、技術、演技の諸要素に対する力量をチェックし、後は総合的な判断で評価させていただいています。そのような中で、起承転結がしっかりと整い、完成度の高い作品は勿論ですが、表現技法は多少未熟であっても、一般人が思いもつかないような卓越したアイディアの企画であったり、巧みな映像処理の中に、感性のヒラメキを感じさせられるような作品に対しては、その将来性に期待して、ある程度の評価を致しました。

今回は長尺(40分前後)の作品が数多く応募されていましたが、そのどれもが見応えのある、完成度の高い作品でした。また、短尺(10分前後)の中にも、短編の特性を生かした珠玉の作品が多くあったことも付け加えておきます。高校のことですから、学年交替は当然あるわけですが、来年に向かっての皆さんの活躍を大いに期待しております。           
西村昌巳 (NPO法人映画甲子園理事)
今年は例年に比べると秀作が多かったように思います。しかも、大作も多くとても見ごたえがありました。

作品の特徴としては、監督が自ら主役を演じている北野武、クリントイーストウッド、スターローン、古くはチャップリン型の作品ですね。
しかもそういった作品はどれも、こじんまりとまとまっているというよりも個性が爆発した作品に多かったように思います。「学園検事」「大宇宙軍艦トヤマ」「ロジック大戦」「潤井川に沈んでろ」「夏色キセキ」「変わる一歩」「ダルマ落とし」「山田さん」「キャラクタースワップ」等々ですね。

一方で、学校の特徴(伝統)を残すというか、育んでいる作品として恒例の「アカパンマン」や「ROOM〜ルーム〜」、「夢見る乙女のcontinue」「やさしい嘘」があげられると思います。

おそらく、先輩たちから受け継いだ感性が作品の中に生きているのかもしれません。

内容として目立ったのが宇宙人の出てくる(あるいは扱っている作品)です。「山田さん」「異星人」「大宇宙軍艦トヤマ」に、劇中劇としての「夢見る乙女のcontinue」「RE:START」も宇宙人を扱っていましたね。もしかしたら、高校生の感性が、平和な日常を知らず知らずのうちに侵食していく得体の知れない何者かを捉えた結果ではないかと深読みをしてしまいます。

あるいは、昨今の国内外を取り巻く不穏な空気の影響か?また、技術的には、毎年どんどん進歩する撮影や編集技術に加えて、演技も皆さんとても上手になってきているように感じています。また、先生方が作品に出てくる、いわゆるプロデュース力の優れた作品も増えてきているように思え、とてもよい傾向だと思いました。

NPO法人映画甲子園としても、今後、皆さんの学校や地域に映画専門の講師を派遣するような出張セミナーも企画しております。実現の暁には、是非、ご活用ください。
篠本賢一 (俳優・演出家)
どんな映画を作りたいのか。このことを皆でもう一度振り返ってみなければなりません。
既成の映画やアニメの模倣にならないようにして欲しいです。エントリー作品に死者との邂逅を描いた作品が多く見受けられるのは、いうまでもなく「君の名は。」の影響を感じざるを得ません。それは「創作」ではなく「模倣」です。やはり、高校生の映画には、大人の模倣ではなく、何か自分の中で形にしたい衝動をベースに作品を作っていただければと思いました。
また、「模倣」をするならするで、他ジャンルから何かを学ぶという姿勢があってもいいと思います。既存の映画やアニメから刺激を受けたものは、既存の作品をこえることはできません。また、自己の内面にこだわった作品も気になりました。それはそれでいい作品もありますが、自己の内面にこだわりすぎると、作品そのものに躍動感が薄れるし、現状打開というようなアクティブな行動にかけてしまいます。
作品は、現実社会に目を向け、多くの人を巻き込めるような影響力を持って欲しいと思います。勇気を持ってオリジナル作品を作って下さい。最後に演技についてですが、技術的なことよりも演技をしている本人の主体性、つまり、本当にヤりたくてやっているのか、そこのところが結果となって現れてしまっていると思います。特に散見されるのは、言葉が相手に届いていないという現象です。言葉は、音声を発しただけでは、それはただの音であって、言葉ではありません。それは、演技においてというよりも生活そのものの見直しが必要なのかもしれません。それはここで問題にすることではないので、論を進めることはやめますが、対話が対話になっていない、独白の連続のようになっている演技が目立ちました。
コメントにも繰り返し書きましたが、セリフに限らず演技というものは、「リアクション」を大切にしてほしいと思います。「聞くこと」が上手な方の演技は、的確で安定しているし、生き生きとした表現が生まれます。それから、呼吸を大切にしてください。息が止まってしまっているのではないかという硬直した演技が時々ありました。
さて、今年も色々なジャンルの素敵な映画、魅力的な若者と出会うことができました。これからも演技の充実も心掛けて素晴らしい映画を作ってください。
川口典成 (演出家)
映像表現として完成度が高い高校の作品は、どれも演技のレベルも高いが、総じて「ナチュラル(自然体)」の演技である。
もちろん将来的にテレビなどで活躍するにはそういった技術が必要になるが、「演技をしたい」「違う人間を表現したい」という演技への欲求を感じる俳優が少ないのは残念である。そういった欲望を捕まえれば、表現が稚拙でも、なにが技術として足りないかを把握し、身に着けることは可能である。
また、ナチュラルな演技をしている俳優が、どこにでもいる高校生という匿名性の表現を無意識にしてしまっていることも気になる。演技は「匿名性」に「個性」「個別性」を与える能力でもある。演技をするために必要なキャラクター把握としてその登場人物がどのような「類型」に分類されるかを理解することは重要だが、同時にその「類型」からどのようなズレがありえるのか、を考えなければ演技に深みは出てこないし、「個別性」を与えることを意識しなければ、存在しがたいような特異なキャラクターをフィクションのなかでリアルに感じさせることが難しくなる。。
繰り返すが、大事なのは「演技への欲求」である。
会田和子(認定特定非営利活動法人地域産業おこしの会・理事長)
@何を制作するか、と考える。テーマを決め、起承転結を考える。今回の作品は、始まりも展開も結論も似通った作品が多かったと思います。その中で、他よりも発想や想像力・美意識がやや秀でていると思われた作品を高い得点にしました。

A「地域」に対する視点として、歴史をバックボーンにして取り上げる作品が目立ちました。ややもすると観光案内になってしまう中で、高校生らしい着想・発想で切り込んだ作品はユニークで、未来を担う若者の力を感じました。

B「映像技術」は、カメラワークや動画の取り方など総じて上手になっています。他方、表面的にまとめる傾向が強く、何を感じたのか鈍感さもみられました。そして、ナレーション(脚本)と編集技術で補完できるのに、あるいはもっと熟考して工夫すれば良い仕上がりになるのにと残念な作品も少なくありませんでした。

C川・海・山・池・動物をはじめ家や学校、周辺地域から見える風景を題材にした作品も目立ちました。これら風景を見たときに、何を感じるか。どのような問題意識が芽生えるのか。「良いものだった」「楽しい場所だった」と率直に感じる高校生もいるだろうし、環境などが破壊されていく様に憂いを抱く高校生や詩人のように未来を夢みる高校生もいる。その思いや感性が制作をする原動力になっていると思います。作品全体を通して、「美意識」と「研究意欲」「知識量」に支えられた作品が感動を生む作品になっていると実感しました。感じる力(直観力)、想像力、そして科学的な思考力を高めることが映画や映像を創るという行為において、最も大事なのだと再認識させられました。
伊藤秀男 (伊那ケーブルテレビジョン梶E放送部 放送部長)
バラエティーに富んだ作品で、楽しく拝見しました。現代の高校生たちの感性や感覚、意識みたいなものを感じることができました。

46本の作品は、ただ撮ってつなげたものから、メッセージを伝えようとがんばったもの、メッセージがしっかりこちら側に伝わったものと大きく分けて3つに分けられると感じました。

メッセージを伝えようとがんばったものの中で、やはり大変残念なのは、音の使い方というか、撮り方というか、音に無頓着な作品が今回も非常に多く見受けられたことです。
映像もさることながら音の大切さを再認識してもらいたいと痛切に感じました。

それと、不特定多数に見てもらうんだという意識の必要性です。

仲間内とか、同じ学校の人に見てもらうならわかるものでも、基礎情報をしっかりさせないと、他人には、なんのことだかさっぱりわからないということになりかねません。

常に第三者、見る側の視点に立って制作してほしいなと感じました。

今回数多くの作品を拝見し、私自身の勉強になったものもありましたし、ヒントをいただいたもの、笑ったもの、などもありありがとうございました。>自分にしかできない作品づくりに、もう少しこだわって、つきつめていってもらえたらうれしく思います。今後の奮闘に大いに期待します。がんばってください。
中田晃弘 (一般社団法人日本ケーブルテレビ連盟 コンテンツ部 部長代理)
映像コンテストである以上、審査する上では、「この制作者が訴えたいことは何か」ということを汲み取り、そのための「演出」や「技法」が敵っているかを見せていただいている。

撮った映像をありのままに繋いだだけでは映像制作とは言えない。伝えたい何かをより伝わるようにするために、演出や制作技術を研いてもらいたい。
今どきのカメラは素のままで綺麗に収録できる。しかし、音に関しては、現場の音が全てではない。ストーリーに関係ないノイズがたくさんあって、現場での苦労が偲ばれる作品があまりに多い。

制約は多いかもしれないが、撮影時間をずらす、機材を工夫する、編集でカバーする、あらゆる手段を用いる努力をしてもらいたい。作品のクオリティを上げる近道は、音づくりにあることを殊更に伝えたい。
松尾遼 (東京ケーブルネットワーク株式会社 制作部プロデューサー)
地域部門のポイントは、いかに自分の足で稼いだか、という点に尽きるのではないか、と思います。

単純に話に関連する史跡をより多く巡る、ということもそうですし図書館や郷土資料館、歴史資料館などに行けばより深い情報と映像で使える画が手に入るものと思います。そして、足で稼ぐという意味の中には、より多くの人の話を聞きに行くという行動も含まれます。大人になりかけているとはいえ、まだまだ普段接する大人たちが少ない高校生、特に現在ではLINEなど直接話をする機会も少なくなり、知らない大人に声をかけることは少し勇気がいるかもしれません。

しかし、高校生が製作する映画に協力してくれない大人は少ないでしょうし、地域で何かに取り組んでいる人や歴史などの専門家であればなおさら話をしてくれるでしょう。そういった情報をいかに集めて、整理していくかがこの部門の肝になるのではないかと思います。

それはドキュメンタリーでもドラマでもコメディでも同じで、下地や基盤ができあがっているからこそ、物語の中にその設定をうまくだしていくことができるのではないでしょうか。

自分たちの頭の中で思い描いた設定や調べたことなどは、視聴者にまっすぐ届くわけではありません。自分たちが想像したことや得た知識の半分でも伝えられれば成功だと言えます。だからこそ、自分の脳内だけで組み立てるのではなく、より多くインプットしていくことが大事で、それは多種多様な人と響かせあったほうがよりよい物語として紡がれます。

映像は表現のためのツールでしかなく、その根本には自分の好奇心や興味が常に輝いていなければなりません。自分の街を調べることは退屈に思えるかもしれませんが、そこを愚直にやっていくと面白さに気がつくし、与えられたものではなく自らの血液となっていき、それが作品に反映できるものと信じています。
三浦明之 ((株)秋田ケーブルテレビ・クリエイト本部メディアクリエイトチーム サブマネージャー)
今年は昨年以上の数の作品が集まったとのことで多種多様さもパワーアップしたように感じる。

地域地域の特色を歴史はもちろん方言から食べ物、噴火まで取り上げ映像に記録し、過去を顧み未来を見つめるという構成力がまずは向上した。撮影も構図にこだわり、先にアングルを決め人物を狙った位置に立たせるなど技術もみられた。また、歩いているシーンのドリーバックの撮影がどれもうまかった。

あとは全体的に音の取り方がうまくなればいいと思う。
三浦拓馬 (認定特定非営利活動法人地域産業おこしの会・事務局長代行)
 今年度の応募作品の全体的な印象は、プラスの評価としては「地域を映像で表現する努力」のあとが見られたこと。マイナスの評価としては、「映像表現に対する切実な衝動が見られなかった」こと。全体的にアンニュイが支配し、気だるさを感じさせる作品が多かった。現役の高校生にとって、「地域」というキーワードは、まだ自分との距離感をとるのが難しいのかもしれない。一方、ストーリィ仕立てでなく、あくまでも地域の風景を瞬間的に切り取って表現しようとする芸術的試みの映像があった。その試みは評価したいが、踏切、電車、田園風景、都市と自然の対比などは被写体として平凡で、さらに常識を排した発想が欲しかった。

 作品制作の基本は起承転結。どのようなテーマやストーリィを選択するかの発想も重要。例えば、作品を季節のいつ撮るのか、という選択も重要。季節の選択は作品の背景を支配する。春と桜、夏と太陽、秋と緑。撮影の場所の選択ミス(雑)で、音楽部の練習の音や雑音が音声収録を阻害していた作品が多かったのは残念だった。セミの鳴き声など音の扱い方も含め、音に演出の妙を捉えて欲しかった。

 また地域部門であるからには、地域、故郷、自然、伝統、祭り、記憶、追憶の場所などが直感的に浮かぶ。それらの題材と製作者自身の湧き上がる制作への欲求がマッチする時、制作技術の良し悪しを超えた優れた作品ができると考えられる。その意味で、全体的に、制作したいという情熱、湧き上がるものに対する問題意識がやや薄く、それが起承転結の「結論」の弱さにつながっていると思えた。

 ただいくつかの作品には、地域の情報を映像で表現することで、地域をもっと知って欲しいという情熱があったことも事実です。
西村昌巳 (NPO法人映画甲子園理事)
具体的は話は、それぞれ個別の作品に対してのコメントに書きましたが、今年の作品には、地域を紹介するという目的で作られたものが多くなってきた感じがしました(「カムイコタン〜神の住む場所〜」旭川工業高校、「岡山の魅力」岡山東商業高校、「未来に残したい私たちのかごしま」鹿児島県松陽高校、「じゃない方 巡歴 〜横浜版浦島太郎伝説〜」横浜翠嵐高校、「現代で歩く大坂の陣」大阪明星学園高校など)。それぞれに、演出を考えていた工夫が見られ、楽しく拝見いたしました。

また、寂しいことに、学校の閉校をテーマにした作品もいくつかあり(「紡ぐ」神奈川県立弥栄高等学校、「閉校祭に想いをのせて」埼玉県立松山高校、「またこの場所で」名古屋私立中央高校など)、これも時代の流れなのだろうかとしみじみいたしました。少子化とグローバル化に伴い教育環境が変化していく中で、かつて当然のように存在していた身近なものが大きな力によって、無くなっていく...。そういったものへの哀惜が作品ににじみ出ている感じもしました。

今年は「未来に残したい故郷」というテーマでしたが、故郷を語るときのきっかけ(ギミック)として、土地の霊、死んだ人の霊、自然の霊などを使う作品もいくつかありました(「Home Town」神奈川県立大磯高校、「伝えたい思い」愛知県立昭和高校、「蜻蛉」鎌倉学園、「いいもりの町」四條畷学園など)。霊というものが自分の身近に存在しているという感覚、それを自然に映画に取り入れる感性というのは、おそらく、有史以前から長く受け継がれた日本的な感性ではないかと思います。その意味で、映像作品を後世に残すことによって、その日本的感性を未来に伝える伝道師としての役割をしている皆さんに最大限の敬意を払いたいと思います。
山田英久 (NPO法人映画甲子園常務理事)
今回は、故郷という抽象的なテーマをさらに進化させて、未来に伝えたい故郷としたことで、具体的な構成が多くなった。

タイムカプセル物がいくかあり、日本の未来が1970年の大阪万博から、進化していないことも、わかり、興味深い。新しい未来感を、岡本太郎や丹下健三や小松左京を超えた21世紀の世界を構築する流れが出てくるのを楽しみだ。物語としての対立の構造やキーイメージを感じさせるものもあり、職人的な具体的な表現方法を審査員の人々から、直接聞いてほしい。

今回は、音楽のつけ方、脚本の作り方、カメラのクオリティの上げ方、全体企画のプロデユースの仕方など本当に具体的なことの積み上げだ。スケジュールも含めて、勢いと計画のバランスが大切だ!エネルギーある作品も多く、是非、地元の年代の違うエネルギーのある人々にぶつかっていって欲しい。
DJ AMIGA
今回で2回目となるダンスミュージック部門ですが、今年も様々な作品が出揃いました。中にはプロ顔負けの手法でこちらがびっくりするような作品もありましたし、高校生らしい青春がぎゅっと詰まったような作品もありました。
この部門の特徴でもあるダンスミュージックを、どう映像で表現するかというところを審査で見させていただきましたが、高い評価を得た作品は音楽の深いところまでよく聴き込んで、それを理解して、細かいタイミングまでシンクロさせていました。やはりダンスミュージックなので、曲の持つグルーブや展開と映像がぴったりシンクロしていると気持ちの良いものです。

そして何よりもオリジナリティーが大切です。そこだけは自分にしかできないものと自信を持って創作してください。来年も楽しみにしております。
※自由部門第二次審査員のコメントは、自由部門入選作品を審査してのコメントになります。
※各作品毎のコメントは個別にメールにて送らせていただいております。
※万が一届いていない場合は、お問い合わせフォームからご確認をお願いします。
※本ページに対する御依頼、審査員に対する御質問はお問い合わせフォームからお願いします。
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